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大阪地方裁判所 平成6年(行ウ)70号 判決

両事件原告(以下「原告」という。)

泉正次

両事件原告(以下「原告」という。)

泉善三郎

両事件原告(以下「原告」という。)

泉與四郎

両事件原告(以下「原告」という。)

泉孝子

右四名訴訟代理人弁護士

関戸一考

乕田喜代隆

武田純

甲事件被告(以下「被告」という。)

東住吉税務署長 新田裕夫

乙事件被告(以下「被告」という。)

右代表者法務大臣

陣内孝雄

右両名指定代理人

下村眞美

山本弘

岸本卓夫

小谷宏行

主文

一  原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  (甲事件)

被告東住吉税務署長が原告らに対して平成四年七月七日付でした各過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

二  (乙事件)

被告国は、

1  原告泉正次に対し、一億八九七五万七七〇二円及び内金一億七九〇一万六七〇〇円に対する平成八年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員、

2  原告泉善三郎に対し、一九四六万三一九〇円及び内金一八三六万一五〇〇円に対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員、

3  原告泉與四郎に対し、八九八万七九五二円及び内金八四七万九二〇〇円に対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員、

4  原告泉孝子に対し、一一一万三八四八円及び内金一〇五万〇八〇〇円に対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員

を各支払え。

第二事案の概要

本件は、相続税の修正申告をした原告らが、右修正申告は、当初申告の内容に誤りがなかったにもかかわらず、被告国の税務職員らによる原告らに対する違法な税務調査及び修正申告の慫慂により強要されたものであるなどと主張して、右修正申告に基づいて納付すべき税額につき被告東住吉税務署長が原告らに対してした各過少申告加算税の賦課決定の取消しを請求し(甲事件)、併せて、被告国に対し、国家賠償法一条一項の規定に基づき、修正申告による本税の差額分等の損害の賠償を請求した(乙事件)事案である。

一  争いのない事実

1  原告泉正次(昭和九年一〇月一八日生まれ。以下「原告正次」という。)、同泉善三郎(以下「原告善三郎」という。)及び同泉與四郎(以下「原告與四郎」という。)は、いずれも平成元年一一月七日に死亡した泉善次郎(明治三六年五月二五日生まれ。以下「善次郎」という。)の子(順に二男、三男、四男)であり、原告泉孝子(以下「原告孝子」という。)は、善次郎の妻である。

2  大阪国税局資料調査第二課実査官である斉藤公幸(以下「斉藤」という。)、東住吉税務署所属の調査担当職員である中西一郎(以下「中西」という。)らは、平成元年九月四日から同月二九日までの間に、数回にわたり、善次郎宅に赴き、善次郎の所得税、特に株式の収益の帰属についての調査(以下「本件所得税調査」という。)を実施した。その際、原告孝子は、同月二七日、原告ら名義の有価証券が善次郎の所有である旨記載のある善次郎名義の確認書を作成し、原告正次も、同月二九日、原作正次ら名義の有価証券は善次郎の所有である旨記載のある確認書を作成した。

本件所得税調査に基づき、善次郎は、同日、原告正次及びその妻子(泉裕子、泉佳寿、泉篤志及び泉実穂)名義の株式(以下「本件株式」という。)が善次郎に帰属することを前提とする、昭和五九年分から同六三年分までの所得税の修正申告をした。その後、善次郎が平成元年一一月に死亡したため、善次郎の右所得税の修正申告に係る差額税額は原告らが納付した。

3  善次郎の死亡により、原告らを含む善次郎の相続人九名は、平成二年五月七日、別表の「当初申告」欄記載のとおり課税価格及び納付すべき税額を記載した善次郎の起算相続に係る相続税申告書を提出して同申告を行い、右税額の納付を完了した。

4  大阪国税局の調査担当職員である日好隆樹(以下「日好」という。)らは、平成三年七月二二日ころ、原告らを含む善次郎の相続人らに対し、善次郎の相続に係る相続税についての調査(以下「本件相続税調査」という。)を実施した。

本件相続税調査等の結果、平成三年一一月七日、原告らは、同月五日付の遺産分割協議書を添付の上、別表の「修正申告」欄記載のとおり、課税価格及び納付すべき税額を記載した修正申告書を提出して修正申告(以下「本件修正申告」という。)を行った。本件修正申告は、善次郎名義の株式等が当初申告において一部申告漏れになっていたこと、並びに、原告正次及びその妻子名義の本件株式が善次郎の相続財産に属するものであって、その申告漏れがあったことを内容とするものである。

5  被告東住吉税務署長(以下「被告税務署長」という。)は、本件修正申告に伴い、平成四年七月七日付で原告らに対し、国税通則法六五条一、二項の規定により、別表の「賦課決定」欄記載のとおり各過少申告加算税の賦課決定(以下「本件処分」という。)をした。

6  原告らは、同月二九日、本件処分を不服として、大阪国税局長に対し異議申立てをしたが、同局長は同年一二月七日、右申立てを棄却する旨の決定をした。そこで原告らは、同月一七日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、平成六年五月九日付で原告らの審査請求を棄却する旨の裁決をした。

7  原告らは、本件修正申告後の納付すべき税額と前記当初申告における納付すべき税額との差額、延滞税及び加算税として、次のとおりの各金員を納付した。

(一) 原告正次(合計一億七九〇一万六七〇〇円)

(1) 本件修正申告による本税の差額分 一億四七九八万二一〇〇円

(2) 延滞税 一一四五万三六〇〇円

(3) 加算税 一九五八万一〇〇〇円

(二) 原告善三郎(合計一八三六万一五〇〇円)

(1) 本件修正申告による本税の差額分 一五六一万七三〇〇円

(2) 延滞税 一一八万三二〇〇円

(3) 加算税 一五六万一〇〇〇円

(三) 原告與四郎(合計八四七万九二〇〇円)

(1) 本件修正申告による本税の差額分 七二一万一七〇〇円

(2) 延滞税 五四万六五〇〇円

(3) 加算税 七二万一〇〇〇円

(四) 原告孝子(合計一〇五万〇八〇〇円)

(1) 本件修正申告による本税の差額分 八七万九四〇〇円

(2) 延滞税 六万五九〇〇円

(3) 加算税 一〇万五五〇〇円

二  原告らの主張

1  本件株式の帰属について

(一) 善次郎は、生前養鶏業を営んでおり、善次郎の子である原告正次らも、昭和一九年ころから、養鶏業で飼料として使う魚のあらを近所の蒲鉾工場へ引取りに行くなど家業の手伝いをしていたが、蒲鉾が大量生産されるようになって魚のあらの産出量も飛躍的に増大し、養鶏業による自家消費だけでは消費し切れなくなったため、原告正次及び同善三郎は、昭和二二年ころから、兄の泉善昌(善次郎の長男)とともに、近所の蒲鉾工場から引き取ってきた魚のあらを近所の養鶏場に飼料として販売するほか、これを加工して作った魚粉や魚油を他へ販売する化成業を営むようになった。原告正次は、これらの利益(年間約一〇〇万円)によって不動産を購入し、さらに、購入した不動産を売却した譲渡益で株式を購入してきた。原告正次が不動産の売却金を株式に集中的に投資するようになったのは、昭和四六年以降である。このように、原告正次名義の株式は、同原告の資金で購入されたものであるから、同原告の所有に属する。

また、原告ら名義の株式の配当は原告ら各人の銀行口座に振り込まれており、原告正次についていえば、同原告は、その配当所得を昭和四八年以降毎年申告してきたのであり、その申告額からすると、原告正次は善次郎よりはるかに多額の配当収入を得ているのであって、これを原資として原告正次が多数の株式を購入していたとしても、何ら不自然ではない。

さらに、原告正次の家族である泉裕子(妻)、泉佳寿、泉篤志及び泉実穂(いずれも子)の各名義の株式についても、その配当は、従来から各名義人の銀行口座に振り込まれている。なお、原告正次の子供ら名義の株式は、子供らがもらったお年玉や小遣い等を原告正次が管理して購入資金に充てたり、原告正次が自ら購入資金を出したりして、子供らのために購入した(すなわち、子供らに贈与した)ものである。したがって、これらの株式も、各名義人の所有に属することが明らかである。

(二) 本件株式を含む善次郎の家族名義の株式については、善次郎がその購入、管理、処分を行っていたが、これは、善次郎が各名義人から一任勘定による委託を受けたことによるものである。

原告孝子は、善次郎の指示によって、各株式の帰属とその出資金との関係を克明にノートに記していたものであり、善次郎が各人の名義のみを借用した上、その購入し、管理、処分する株式の名義等を適当に処理、配分していたというものでないことは、右ノートの存在によっても明らかである。また、原告らは、本件所得税調査が入るより前の昭和六三年の段階で、善次郎に対する一任勘定取引をやめて各人ごとに取引口座を分けており、その際、善次郎の家族の多くが株券を自宅に持ち帰っているほか、原告孝子は、善次郎の取引口座に残っていた金員につき、各人に帰属する金額を細かく計算した上、各人の取引口座に振り分けて入金している。

被告らは、善次郎がこれらの株式を支配、管理、処分していたから、善次郎に帰属する旨主張するけれども、一任勘定で株式取引をすることは現実にあることであり、また、株式を支配し、管理運用することが、直ちに当該株式の帰属を決定するものではない。

(三) 被告らは、ある家族名義の株式の売却金を原資として別の家族名義の株式が取得されるなど、家族間での資金の流用、混同がみられ、善次郎が家族名義の株式を自由に売却していたことが窺われると主張するが、株式の名義人らの間で一時的に購入資金を融通し合うことはあっても、最終的には各人の出資金額に見合うように精算がおこなわれており、したがって、各人の株式の購入は、結果的には各人の出資金額の範囲内で行われている。

そもそも、株式の名義はその所有を推定させるものであり、右(一)、(二)で、述べた事実関係を前提とすれば、長期間にわたる管理の中で、購入原資の拠出と株式の取得との間に計算上の齟齬があったり、購入原資が明確にならない株式が一部存在したとしても、そのことが株式の帰属自体を左右することにはならないというべきである。

(四) これら問題となっている株式の帰属に関し、本件所得税調査の際に善次郎、原告孝子及び同正次がそれぞれ作成したとされる確認書は、これらの株式がすべて善次郎に帰属するとの予断をもって調査に臨んだ斉藤が、事情を理解できないままでいる善次郎及び原告孝子にその意図するとおりの内容で作成させ、また、原告正次には、違法な脅迫的言辞を用いて、原告孝子が内容を記載した確認書に署名押印させたものであり、その内容はいずれも真実に反するものである。

2  本件処分の違法性について

(一) 本件修正申告は、本件株式が被相続人である善次郎に帰属し、したがって善次郎の相続財産に含まれることを前提としてされたものである。しかし、前記1のとおり、本件株式は原告正次及びその妻子に帰属するものであって、本件修正申告は誤りであり、これに伴って納付すべき差額税額は存在しないのであるから、右税額の存在を前提として本件処分をすることはできない。

(二) 日好は、本件相続税調査の結果、同一の株式を二重に計上した内容虚偽の資料を作成した上、原告らが依頼した竹ノ内正男税理士(以下「竹ノ内税理士」という。)を介して右資料を原告らに示し、あたかも本来であればもっと多くの修正申告をすべき財産があるかのように偽り、また、本件株式を含むすべての家族名義の株式が善次郎に帰属することを前提とした更正処分もあり得ることをちらつかせて、原告らに修正申告を迫り、竹ノ内税理士も、右のような日好の意を受けて、原告正次とその家族名義の本件株式だけを修正申告の対象とすることで一種の政治決着を図ろうと考え、原告らに対し、「この修正申告に応じなければ、税務署は全体から取ると言っている。」と申し向けることにより、原告正次をして、本件株式を含むすべての家族名義の株式について更正処分があるものと畏怖させた。その結果、原告らは、前記資料に欺かれて錯誤に陥るとともに、日好及び竹ノ内税理士の右強迫を受け、本件株式が善次郎の所有である旨記載した前記確認書がある以上その内容を覆すことはできないと信じ込まされたことにより、本件修正申告をするに至ったものである。

右のとおり、原告らによる本件修正申告は、日好及び竹ノ内税理士の強迫によってされたものであるから、原告らは、平成一〇年一二月一一日の本件口頭弁論期日において、民法九六条一項により、本件修正申告の意思表示を取り消すとの意思表示をした。

仮に、本件修正申告の強迫による取消しが認められないとしても、原告らは、本件修正申告の際、本件株式が善次郎に帰属し相続税の課税対象となる財産に当たるとの認識を有しておらず、本件修正申告のとおりの内心の効果意思を有していなかったことが明らかであり、かつ、被告税務署長は、原告らのそのような内心の効果意思を知っていたか、少なくとも知り得べき立場にあったから、本件修正申告は民法九三条ただし書により無効である。

以上のとおり、本件修正申告が効力を生じない以上、これを前提とした本件処分は違法であるから、取り消されるべきである。

(三) 仮に、本件修正申告が存在する以上、原則として過少申告加算税が課されるのであって、国税通則法六五条四項所定の「正当な理由」の存否が問題となるのみであるとしても、本件の場合、そもそも当初申告に誤りがあるのではなく、本件修正申告の方が過大な申告となっているのであるから、原告らが当初申告において本件株式を相続財産から除外したのは当然のことであり、そうである以上、右「正当な理由」があるものというべきである。したがって、本件処分は取り消されるべきである。

3  被告国の損害賠償責任について

(一) 申告納税方式による租税債権の確定は、課税内容を最もよく知っている納税者が自ら行う納税申告が基本であり、このような納税者の適正な申告を補充的に担保するのが税務署長による更正又は決定の制度である。税務官庁が適正に租税債権を調査するため、税務職員には法律上質問検査権が与えらており、質問検査権の行使を保障するため、関係者の検査拒否等につき課税庁には租税罰を科す権限も認められている。

ところで、税務調査は、税額の公平、正確な把握のための手続であるから、税務職員は、納税者にとって不利な事実だけでなく、有利な事実についても調査する義務を負っている。また、税務職員は、調査の結果に基づき、適正な課税を確保するため、助言や強制を伴わない行政指導、半ば強制的な修正慫慂、課税処分等を行う権限を有するが、納税者に対し、確定申告の内容及び税務調査等により収集した証拠資料を基礎として、適正な課税額を算出し、その額での負担を求める職務上の義務を負っている。ただし、質問検査権を根拠とする税務調査は、任意の調査であるから、調査の方法はあくまで任意調査の限界を超えない範囲に限られ、更正処分もあり得ることをほのめかしての修正慫慂は、不利益な制裁処分の可能性が前提であるから、単なる行政指導とはいえないのであって、このような場合には、算定された税額は、更正をする場合に匹敵するほどの正確性が要求されるのである。

(二) 原告正次は、昭和三八年から昭和六三年までの毎年、東住吉税務署に対し、自己名義の株式につき配当所得の税務申告をしてきたものであり、その申告合計額は、二九五一万四四二六円に上る。一方、善次郎は、昭和四八年に申告しているものの、以後八年間は申告がなく、昭和五七年から昭和六三年までは毎年申告していた。また、原告正次の配当所得は、従来から同原告の銀行口座に振り込まれていた。被告国の機関である東住吉税務署及び大阪国税局の職員らは、原告正次の右の税務申告内容等を知っていたはずであり、その内容等から、原告正次名義の株式が同原告に帰属することを認識していたか、少なくとも認識することができたはずである。さらに、右職員らは、原告孝子が記載していた前記ノートを税務調査の際にすべて入手しており、その内容についても知らないはずはない。

(三) しかるに、斉藤及び中西らは、平成元年九月、善次郎に対する本件所得税調査を強行した上、本件株式が善次郎に帰属することを前提とする所得税の修正申告を行わせ、原告ら名義の有価証券が善次郎の所有である旨内容虚偽の確認書を作成するよう強要し、原告孝子をして善次郎名義の右内容の確認書を作成させたほか、原告孝子及び同正次にも、右株式は善次郎に帰属する旨内容虚偽の確認書を作成させた。斉藤らの右行為は、当時の税務申告状況の調査すら怠ったか、又は故意に無視したもので、税務調査に携わる税務職員として納税者に対して負担する職務上の法的義務に著しく反した違法な公権力の行使に当たる。

(四) また、日好らは、原告らの所得税の調査を行えば、前記確認書の内容が誤りであって、本件株式が原告正次ら各名義人に帰属することを認識することができたのに、平成三年七月ころ、虚偽の内容を記載した右確認書を正しいとする前提のもとに、その前後における原告正次の株式に関する税務申告内容を十分調査することもなく、原告らを含む善次郎の相続人らに対する本件相続税調査を強行し、次いで同年一〇月一一日ころから同月下旬にかけて、右確認書が存在することを奇貨として、原告らが委任した竹ノ内税理士を介して原告らに対し、右確認書や本件相続税調査の際の調査結果を示して、もはや右確認書の内容を正すことはできないかのように原告らに思い込ませ、本件株式が被相続人である善次郎の相続財産に属することを前提とした修正申告をするよう強引に迫った。

日好らの右行為は、税務調査に携わる専門官として、当然に要請される証拠資料の収集を怠り、あるいは明らかに不合理な証拠評価によって税額を確認し、故意に証拠の評価を偽って修正申告を行わせるなどしたものであって、このように杜撰な本件相続税調査と、それに基づく本件修正申告の強要は、法律、慣習、条理ないし健全な社会通念等に照らして客観的に正当性を欠くことが明白であり、通常の税務職員としておよそ許容することができない職務上の法的義務に反した違法な公権力の行使に当たる。

(五) 原告らは、右職員らの違法な指導ないし強要により、本来行う必要のなかった本件修正申告を余儀なくされ、前記一7のとおりそれに基づく本税の差額分、延滞税及び加算税を納付したほか、原告正次は一〇七四万一〇〇二円、原告善三郎は一一〇万一六九〇円、原告與四郎は五〇万八七五二円、原告孝子は六万三〇四八円の弁護士費用をそれぞれ負担して、右各金員相当額の損害を被った。修正申告による納付であるとはいえ、それが前記のように事実上課税庁の強要に基づくものである以上、原告らの右損害と税務職員らの違法な修正申告の慫慂との間には因果関係があるというべきである。

(六) よって、被告国は、国家賠償法一条一項の規定に基づき、税務職員らの違法行為により原告らが被った右損害を賠償すべき責任を負う(なお、原告らは、遅延損害金は、弁護士費用相当額の損害を除く損害について請求するものである。)。

三  被告らの主張

1  本件株式の帰属について

(一) 原告らは、原告正次が魚のあら及びその加工品の販売利益を取得して、その利益(年間約一〇〇万円)で不動産を購入し、右不動産の売却益で株式を購入していた旨主張するけれども、昭和二二年当時の原告正次らの年齢(原告正次が一三歳、原告善三郎が一〇歳)等からして、原告正次ら三名が右事業を営んで利益を得ていたとは信じ難いし、仮に右事業が営まれていても、それは善次郎が営む養鶏業から派生した「副業」であること、化成業収入は善次郎の収入として所得税の申告がされていたことなどからしても、右事業収入は善次郎に帰属するものというべきであり、また、原告正次名義の不動産は、個人の資産というよりもむしろ一族の資産形成のために善次郎が資金を出して購入していたものと考えられるから、これらの不動産の売却益が株式の購入資金に充てられたからといって、本件株式が原告正次に帰属することにはならない。

(二) 仮に、株式取引の原資となった不動産の売却益が原告正次に帰属するものであったとしても、〈1〉 本件株式は、すべて善次郎の証券口座で取得され、証券会社への売買の指図、善次郎名義の口座への入金や出金の手続等はすべて善次郎の判断により行われ、その資金も善次郎が自由に運用していたこと、〈2〉 株式が家族名義に書き換えられた場合も、名義人が株式を管理することはなく、かえって、ある家族名義の株式の売却金を原資として別の家族名義の株式が取得されるなど、家族間での資金の流用、混同がみられ、善次郎が家族名義の株式を自由に売却していたことが窺われること、〈3〉 善次郎宅に保管されていた手帳の写しには、家族のうち誰の名義の株式を何株売却し、誰の名義で何株取得したかが善次郎又は原告孝子の筆跡と思われる字で克明に記載されており、現引きした株式を誰の名義にするかは、善次郎が自由に判断していたものと窺われること、〈4〉 原告正次は、昭和六三年七月までは自己の証券口座を開設しておらず、このころまでは自己の責任と計算において株式取引を行っていたとも、株式を支配、管理していたともいえないことの諸事情からすると、本件株式は、いずれも善次郎が支配、管理、処分しており、その売買差益も善次郎が取得していたのであって、善次郎に帰属することが明らかである。

(三) 本件株式からの配当等が原告正次やその家族名義の銀行口座に振り込まれている点についても、善次郎名義の銀行口座と原告正次ら名義の銀行口座との間には資金の流用、混合がみられ、その判断は善次郎が行っていたことからすると、原告正次ら名義の銀行口座は実質的には善次郎に帰属する口座であったと考えられる。また、株式の利益配当は、当然に株式名義人に対して支払われるものであるから、名義人である原告正次やその家族の銀行口座に配当金が振り込まれているからといって、これら名義人が株式の実質的な所有者であるということはできない。原告正次が配当所得の申告をしてきたことも、そのことのみをもって当該株式が原告正次に帰属することの理由とはならない。

(四) 原告らは、本件株式を含む善次郎の家族名義の株式について善次郎がその購入、管理、処分を行っていたのは各名義人から一任勘定による委託を受けたことによるものである旨主張するけれども、右委託がされた具体的な時期及び委託の内容が明らかでない上、善次郎が各名義人に対して資金の運用状況の報告を行っていたとの主張はないこと、各名義人間での資金の流用が頻繁に行われているが、善次郎が流用のたびごとに各名義人の承諾を得ていたとは考え難いこと、名義人の中には、自己の意思に基づいて株式売買の希望を述べたり、株式を購入するだけの収入、資力を有していたとは考え難い原告らの子供らも含まれていることなどに照らし、右購入、管理、処分が一任勘定によるものであったとは認められない。また、原告孝子が記載していたノートには、各名義人間で流用された資金の清算について触れられているだけであって、原告らのいう委託が長期間にわたっているにもかかわらず、善次郎が各名義人について一任勘定に関する精算(年間の取引株数、銘柄、差益の計算等の報告)を行っていたことを示す記載は存しないから、右ノートは、単に銘柄、株数及び名義人数がいずれも相当多数に上る株式やその資金の混同を避けるため、善次郎の指示で原告孝子が記載していた備忘録にすぎないというべきであって、善次郎が各名義人から一任勘定として株式取引の委託を受け、代理行為として右取引を行っていたことの証拠となるものではない。

(五) 以上のとおり、本件株式は善次郎に帰属し、その相続に係る相続財産に含まれるものである。

2  本件処分の適法性について

原告らは、善次郎の相続に係る相続税につき、法定申告期限内である平成二年五月七日に相続税の申告書を提出し、その後、日好による本件相続税調査及びその調査結果に基づく修正申告の慫慂を受け、これを確認した後、本件修正申告をしたのであるから、国税通則法三五条二項の規定により納付すべき税額が存する。本件処分は、同法六五条一、二項の規定に基づき、右納付すべき税額に対して過少申告加算税を賦課するものであり、かつ、調査後の修正申告に基づくものであるから、同条五項の適用はなく、原告らが本件修正申告で追加して申告した有価証券等を当初申告において相続財産として申告しなかったことに同条四項所定の正当な理由があるともいえない。よって、本件処分は適法である。

3  被告国の損害賠償責任について

(一) 国家賠償法一条一項にいう「違法」とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうものと解され、また、右の違法性の判断基準については、職務行為時を基準として判断すべきものである。

(二) 本件所得税調査において、中西及び斉藤らは、職務上要求される可能な限りの調査を遂行しており、右調査の結果をもとに、善次郎には昭和五九年から同六三年までの五年間における株式の継続売買に係る相当多額の譲渡益(右五年間の譲渡益の総額は、七億八二七六万八五二一円)があると判断した。そこで、斉藤は、善次郎は養鶏業に係る事業所得や配当所得の申告を毎年継続的に行っているにもかかわらず、株式の継続売買に係る譲渡益については、所得税の申告が必要であることを知らないというのは不自然であるとして、所得税の調査対象を五年間としたことや、その五年間における株式継続売買に係る譲渡益の総額は約八億円になることなどを善次郎に説明し、所得税の修正申告の慫慂をしたところ、善次郎は、右五年間で約八億円の株式継続売買に係る譲渡益の申告漏れにより、約四億六〇〇〇万円の所得税が過少申告になっていることを認め、右各年分の修正申告書を提出したものである。

したがって、中西、斉藤ら被告国の税務職員は、職務上要求される注意義務を十分に尽くしており、右修正申告書は、右税務職員らが資料の収集を怠り、あるいは明らかに証拠を不合理に評価した結果提出されたものでもなく、善次郎や原告らには、株式継続売買の譲渡益の帰属につき、税理士に相談するなどの方法で検討する期間が十分にあったことからしても、右修正申告書は善次郎の意思に基づき提出されたものであることが明らかであるから、右税務職員らが故意又は過失により原告らに違法に損害を加えた事実は存在しない。

(三) 本件相続税調査に当たり、日好は、本件所得税調査の際に作成された確認書だけでは、家族名義の株式が相続財産の申告漏れ財産に当たるとして修正申告の慫慂をすることはできないと考え、原告らを含む相続人等から十分に話を聞き、株式の現物や預金通帳等資料の提示を受け、金融機関に対する反面調査等により資料を収集し、これらに右確認書等を合わせて総合的に精査・検討するなど、職務上要求される可能な限りの調査を遂行し、その結果、約七〇種類以上の銘柄の株式が約三〇名分の家族名義となっており、このうち、善次郎名義の株式の時価(本件相続開始日現在)は約五億円、善次郎以外の家族名義の株式の時価は約一八億円であることが判明したため、少なくとも原告正次とその家族名義、原告善三郎とその家族名義の株式の中で、善次郎に帰属する株式及び善次郎名義の申告漏れ株式につき修正申告書を提出するよう慫慂したところ、原告らは、善次郎名義の株式等約二四四〇万円及び原告正次とその家族名義の本件株式約七億五六二〇万円が申告漏れ財産であり、約一億七一七〇万円の相続税が過少申告であったとする本件修正申告書を提出したものである。右のとおり、本件株式が申告漏れであったとの内容の本件修正申告は、日好らの調査結果をもとに、原告ら各相続人が竹ノ内税理士をも交えて精査・検討した結果提出されたものであり、実際にも、これらの株式は善次郎の相続財産に属するというべきであるから、適法にされたものである。

したがって、日好ら税務職員は、本件相続税調査において、職務上通常要求される注意義務を十分に尽くしており、本件修正申告書は、右税務職員らが資料の収集を怠り、あるいは明らかに証拠を不合理に評価した結果提出されたというものでもなく、さらに、原告ら相続人は、日好らの調査開始時から本件修正申告までの間、家族名義の株式の真の帰属者について十分精査・検討する期間があったことからしても、本件修正申告は、原告ら相続人の意思に基づいてされたものであって、税務職員らが故意又は過失により原告らに損害を加えた事実は認められない。

(四) 本件修正申告は、原告らによって任意にされたものであるから、日好ら税務職員の慫慂との間に因果関係はない。

第三当裁判所の判断

一  本件修正申告に至る経過について

1  前記第二の一の事実のほか、証拠(甲一の1・2、二、三、五の1ないし5、六、七、九、一〇、七三ないし七六、八一の1ないし3、八三、八六、八七、八九、乙一ないし七、一五ないし一七、二〇、二一、証人中西一郎、同斉藤公幸、同日好隆樹、同竹ノ内正男、原告泉孝子本人、同泉正次本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告税務署長は、昭和六三年末から平成元年六月にかけて、所得税法二二五条一項二号に基づき国内において配当の支払をする者から東住吉税務署に提出された「配当、剰余金の分配及び基金利息の支払調書」等を検討し、株式継続売買に関する調査を実施した。その結果、善次郎、原告孝子及び同正次名義の株式取引が多数行われているにもかかわらず、株式の売買に係る所得税の申告がされていないことが判明したため、被告税務署長は、右三名宛に平成元年七月二八日付文書を発送し、株式の売買状況等につき照会した。右照会に対し、原告孝子から、東和証券大阪支店の善次郎名義の証券取引口座の昭和六一年一月から昭和六三年一二月までの分の顧客勘定元帳を添付した上、取引内容についての回答(なお、昭和六三年七月までは善次郎の家族名義の株式取引も善次郎名義の右口座で一括して行われていた旨記載されていた。)があったため、同税務署員である中西が右顧客勘定元帳を検討し、さらに、平成元年九月四日、東和証券大阪支店へ調査に赴き、その際に入手した善次郎名義の昭和五九年一月から昭和六〇年一二月までの分の顧客勘定元帳や原告正次ら善次郎の家族名義の顧客勘定元帳をも検討した結果、昭和五九年から昭和六三年までの五年間に数億円に上る株式売買利益のあることが判明した。

(二) 中西は、平成元年九月五日、同税務署員の山本事務官とともに、原告正次宅へ赴き、まず、原告正次から泉家の家族構成を聞き取り、次いで、家業である養鶏業の収益状況等について確認した後、原告正次に対し、株式取引について質問をした。しかし、原告正次は、善次郎が株式取引をしており、その中には原告正次名義の株式も存在していることは知っているが、取引をしている証券会社名や、株式の銘柄、株数等については知らないと答え、株式の購入資金に関しては、明確な返答をしなかったほか、善次郎との間で金銭のやりとりはないと答えた。また、中西が株券の所持等について質問したところ、原告正次は、弟の原告善三郎と泉恵多郎は昭和六三年七月ころに善次郎と揉め、その時に自己名義の株券を持って行ったが、原告正次自身は自己名義の株券を所持していない、株式の配当が入金されている住友銀行鳳支店の預金通帳も自分では所持していないなどと答えた。

その後、中西は、平成元年九月一三日、善次郎らの名義の口座がある富士銀行阿倍野橋支店へ赴き、貸金庫の有無、口座の有無と残高等を確認した。

これらの調査結果等から、株数及び株式取引の回数が多く、売買利益も多額に上っていたほか、善次郎の家族名義の株式が多数あることが判明したため、東住吉税務署においては、大阪国税局に調査の応援を要請することにした。

(三) 中西と大阪国税局の職員である斉藤らは、同月二七日、所得税の調査のため善次郎宅を訪れた。善次郎は、昭和六三年四月に脳卒中で倒れたことがあり、右調査当時も体調がすぐれず布団に横になっていたが、意思の疎通ができない状態ではなく、斉藤が調査への協力を要請したのに対し、調査には協力する、株式取引については原告孝子に聞けば分かる旨を答えた。

斉藤らは、善次郎宅において、原告孝子から提示を受けて株券や株券預り証、預金通帳及び原告孝子が株式取引について記載していたノート等を調査し、原告孝子から事情を聴取するなどした。右ノートには、善次郎の家族の名前、株式の銘柄、株数及び金額等が多数記載されていたが、原告孝子は、右ノートの記載内容に関して、斉藤に対し、「将来分ける予定で名前を書いている。」と説明し、原告孝子名義の株式は原告孝子が婚姻前から有していた資金を善次郎に運用してもらっているものであるが、他の善次郎の家族名義の株式の購入資金については分からないと答えた。なお、当時、善次郎宅には、原告孝子名義及び同正次名義の株券及び株券預り証、預金通帳が存在していた。

(四) 斉藤は、これまでの調査等の結果を踏まえて、原告正次をはじめとする善次郎の各家族名義の株式は、善次郎に帰属するものと判断した。そこで、斉藤は、右同日、善次郎宅において、「養鶏業のほか、土地の売買で上げた利益で株式を購入した。その購入資金を息子から援助されたことはない。養鶏業を手伝ってくれる息子達に対して決めた給料も払っていなかったため、息子達のことを思い、株券の名義を子供名義にした。株式の取引については私が電話で谷岡氏(東和証券の従業員)に指令しており、昭和六三年四月脳卒中で倒れた後は、妻の原告孝子に私が話をして、妻が谷岡氏に電話をしている。なお、息子から株式の売買について指示されたことはない。」などと記載したメモを作成し、これを読み上げたところ、善次郎がその内容に間違いはない旨を述べたため、右と同じ内容を記載した確認書を原告孝子に代筆された上、善次郎から署名を得た。また、斉藤は、併せて原告孝子からも、「善次郎名義の口座(株式)の売買については、すべて善次郎よりの指示に基づいて私が電話で連絡した。善次郎名義の口座(株式)売買の中には原告正次、同善三郎、同與四郎らの売買も含まれると善次郎より聞いているが、その資金の出所については分からない。昭和六三年七月から八月にかけて、善次郎の口座(株式)より善次郎の指示を受け、株式を原告正次、同善三郎らの口座(株式)に入れた。しかしながら、その株数及び金額が妥当であるかどうかは分からない。株式売買の損益及び投資残高については、原告正次、同善三郎、同與四郎らの関係者に報告したことはない。」などと記載した確認書を得た。

(五) 斉藤及び中西は、平成元年九月二八日、東和証券大阪支店へ赴き、善次郎及びその家族名義の株式の取引を担当していた従業員の谷岡昇一から事情を聴取し、同人からその聴取内容を記載した確認書(「昭和五九年一月の東和証券大阪支店での取引開始から昭和六三年七、八月までは、善次郎より売買の注文を受けていたが、同年七月ころに原告善三郎、同正次、同孝子及び泉恵多郎名義の口座開設を行い、原告善三郎及び泉恵多郎名義については各々本人より売買注文を受け、原告正次及び同孝子名義については、従前どおり善次郎より売買注文を受けている。」などと記載したもの)を得た。

(六) 原告正次、同孝子及び善次郎は、東住吉税務署からの指示を受け、平成元年九月二九日、同署へ赴いた。原告正次及びその妻子名義の本件株式は、善次郎からの贈与等がない限り善次郎に帰属しているものと判断した斉藤は、原告正次に対して贈与の有無について確認したところ、原告正次から、本件株式については善次郎から贈与を受けていないとの回答を得た。そこで、斉藤は、原告正次から、「本件株式については善次郎の所有物である。相続税の申告の際にはこれから贈与する分を除き、正しく申告する。」旨を記載した確認書(なお、その本文は、原告正次の依頼を受けた原告孝子が記載した。)を得た。

善次郎は、その場で、斉藤の指示で中西が金額等を記入していた修正申告書に署名押印して同署へ提出し、昭和五九年ないし同六三年分の所得税につき修正申告をした。なお、その後、善次郎らは、斉藤の指示により、被告税務署長又は副署長と面接し、今後は正しく税務申告する旨述べて謝罪した。

(七) 善次郎は、平成元年一一月七日に死亡し、その妻である原告孝子、いずれもその子である泉善昌(長男)、原告正次(二男)、原告善三郎(三男)、原告與四郎(四男)、阿南芳子(長女)、泉信吾(五男)、大平昌子(二女)及び泉恵多郎(七男)の九名が善次郎を相続した。右相続人らは、善次郎の相続に係る相続税の申告手続を竹ノ内税理士に委託した。

竹ノ内税理士は、善次郎以外の家族名義の株式が多数存在し、前記のとおり、右株式につき善次郎が所得税の修正申告をしていることを踏まえて、相続人らの窓口となっていた泉信吾を通じ、相続人らに対して、これら家族名義の株式を相続財産に含めて申告するか否かの方針を決めるよう要請していたところ、家族名義の株式は相続財産から外して申告するとの回答があった。そこで、竹ノ内税理士は、平成二年五月七日、株式については善次郎名義のもののみを相続財産とし、原告正次及びその妻子名義の本件株式を含む家族名義の株式を相続財産から除外した相続税申告書を作成してこれを被告税務署長宛に提出し、これにより善次郎の相続財産に係る相続税の申告(当初申告)がされた。

(八) 右相続税につき調査を担当することなった大阪国税局職員の日好は、先の本件所得税調査の際に作成されていた善次郎及び原告正次の各確認書及び原告善三郎の平成元年九月二九日付確認書(「昭和六三年八月四日に受け取った株券、預り書については、株式売買を行うについての元手資金として預かったものであり、すべて父善次郎のものである。」旨を記載したもの)を検討した上、平成三年七月二二日、調査のため原告孝子宅を訪れた。日好は、その際、原告孝子から、善次郎名義及びその家族名義の株式の管理運用は、善次郎が一人で行っており、その名義の管理は、善次郎の指示で原告孝子が行っていた旨を聴取し、さらに、同所及び富士銀行阿倍野橋支店において、印鑑、株券、株式預り証等の確認を行った(なお、当日には、原告正次、同善三郎ら他の相続人宅への調査も実施された。)。次いで、大阪国税局職員らは、東和証券大阪支店、富士銀行阿倍野橋支店を含む金融機関へ赴き、善次郎の家族名義の株式の銘柄、株数及び取引状況等についての調査を実施した。

(九) 本件所得税調査の際に作成された善次郎、原告正次らの確認書の内容や、右の本件相続税調査の結果を検討した日好は、原告正次及びその妻子名義の本件株式が善次郎に帰属し、その相続財産に含まれるのではないかという考え、同年一〇月一一日、竹ノ内税理士の事務所を訪れ、同税理士に対し、自らの作成に係る、問題点(原則として善次郎が管理運用していること、本件所得税調査時に善次郎宅で確認された株式、預金通帳の中には遠隔地に居住する泉善昌や原告與四郎の名義分も含まれていること、原告正次や同善三郎は株式の知識に乏しく、善次郎の独断による運用であること、家族名義の株式が善次郎の所有であることを認める確認書も存在していること、原告正次の子である泉佳寿は、昭和六一年五月二四日婚姻により姓が変わっているにもかかわらず、泉姓のままで取引が行われていることなど)を指摘する「家族名義株式に係る問題点」と題する書面並びに申告漏れが問題となる善次郎の株式等及び家族名義(原告孝子及びその親族二名、泉善昌、原告正次及びその妻子四名、原告善三郎及びその家族三名、阿南芳子、泉信吾及びその家族四名、大平昌子及びその家族四名、泉恵多郎及びその家族三名の合計二八名の名義)の株式を記載した資料を示した上、当初申告に問題があることを指摘した。さらに日好は、平成三年一〇月ころ、竹ノ内税理士に対し、本件所得税調査の際に作成された原告正次及び同善三郎の各確認書を示し、修正申告をするよう慫慂した。

その結果、原告らは、同年一一月七日、竹ノ内税理士を通じ、善次郎名義の株式等の一部並びに原告正次及びその妻子名義の株式が申告漏れであったことを内容とする修正申告書を、これら申告漏れ相続財産を原告孝子及び同正次が取得することを内容とする遺産分割協議書(修正分)を添付して提出し、本件修正申告をするに至った。

2  原告孝子本人の供述(甲第八六号証の陳述書を含む。)、原告正次本人の供述(甲第八九号証の陳述書を含む。)には、右1の認定に反する部分や、本件所得税調査及び根本件相続税調査の際、税務職員らや竹ノ内税理士から、強制的に確認書を作成させられたり、修正申告を強要されるなどした旨の部分がある。しかしながら、これら確認書の作成や修正申告は、あくまで善次郎及び原告らの判断に基づき、任意に行われる性質の事柄であるところ、善次郎及び原告らがこれら確認書の作成や修正申告をした当時、自己の意思に反してまで税務職員らや竹ノ内税理士の指示に従わざるを得ない状況にあったとは認められないのであり、証人中西、同斉藤、同日好及び同竹ノ内の各証言に照らしても、右供述部分は採用することができない。

二  本件の適法性について

1  本件処分は、原告らが本件修正申告をしたことに伴い、国税通則法六五条一、二項の規定によって行われたものであるところ、本件修正申告の内容となった有価証券を原告らが当初申告において相続財産として申告しなかったことに同条四項所定の正当な理由があるとは認められず、また、本件修正申告は、本件相続税調査及びこれに基づく修正申告の慫慂の結果されたものであるから、同条五項所定の事由があるとも認められない。したがって、本件処分は適法であるということができる。

2  原告らは、本件修正申告は、原告正次及びその妻子に帰属する本件株式が被相続人である善次郎に帰属し、したがって善次郎の相続財産に含まれることを前提としてされたものであって誤っており、これに伴って納付すべき差額税額は存在しないのであるから、右税額の存在を前提として本件処分をすることはできないと主張する。そして、証拠(甲一五の1・2、一六ないし一九、二〇ないし二四の各1・2、二五の1ないし4、二六ないし三〇の各1・2、五三の1ないし一三、五四の1ないし7、五六の1ないし3、五七ないし五九の各1・2、七三ないし七六、七八、八九、原告孝子本人、同正次本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件株式を含む原告正次及びその妻子名義の株式の配当金が原告正次ら名義の預金口座に振り込まれており、右原告正次名義の株式の配当金については、原告正次が昭和四八年から昭和六三年まで毎年所得税の申告をしてきたこと、原告孝子は、善次郎の指示を受け、各名義人ごとの株式の銘柄、株数及び取引状況等をノートに細かく記載していたこと、本件株式を含む善次郎の家族名義の株式については、昭和六三年七月ころ、それまで善次郎の取引口座において一括して売買取引をしてきたのを改め、新たに設けた各名義人の取引口座において売買取引をするようになったこと、その際、原告孝子は、善次郎の取引口座に残っていた金員を細かく計算した上、各人の取引口座に分けて入金していることが認められる。

しかしながら、株式の配当金は株式の名義人に対して支払われるものであるから、本件株式を含む原告正次及びその妻子名義の株式の配当金が原告正次ら名義の預金口座に振り込まれ、右原告正次名義の株式の配当金について原告正次が所得税の申告をしてきたからといって、そのことが直ちに本件株式等が各名義人に帰属することを決定づけるものではないし、右各証拠のほか、証拠(乙一、三ないし六、一七)及び弁論の全趣旨によれば、善次郎は、遅くとも昭和三八年ころから亡くなるまでの二五年以上もの間、自己名義のほか家族名義を多数用いて株式取引を継続的に行っており、この間、原告孝子が記載してきた前記ノートには各名義人間で流用された資金の清算について記載されているものの、善次郎が各名義人に対して株式取引の状況を報告したり、実際に株式取引による損益の精算を行ったりしたことはなく、各名義人において自己名義の資金の運用状況に関心を持っていた形跡は全く窺われないこと、善次郎は、家族名義の分についても、その売買に関する判断はすべて自ら行い、自ら又は原告孝子を通じて証券会社にその取引を委託していたこと、昭和六三年七月ころまでは、家族名義の株券又はその預り証はすべて善次郎が保管していたところ、同月ころ各名義人の取引口座を設けて株式及び現金を各人の口座に分けたが、その後も、原告正次及びその妻子名義の株式については、善次郎が引き続き保管するとともに、その売買は善次郎の判断と指示により行われていたこと、原告正次は、昭和六三年七月ころ以降も、自己及びその妻子名義の株式の取引状況を十分把握していなかったこと、善次郎、原告孝子及び同正次は、本件所得税調査の際、先に認定したとおりの確認書を作成、提出していることが認められ、これらの事実によれば、原告らの主張するように本件株式を含む家族名義の株式について善次郎がその購入、管理、処分を行っていたのは善次郎が各名義人から一任勘定による委託を受けたことによるものであるとは認め難く、少なくとも、原告正次及びその妻子名義の本件株式は善次郎に帰属するものと認めるのが相当である。

なお、原告らは、原告正次は魚のあら及びその加工品の販売による利益によって不動産を購入し、購入した不動産を売却した譲渡益で株式を購入してきた旨主張する。しかし、たとえ原告正次が右のような利益を得ていたとしても、その利益と原告正次名義の株式の購入とがいかなる資金関係に立つのかは明らかでなく、原告正次名義のほかにその妻や子供らの名義の株式も存することも考えると、右認定を左右するものではない。

よって、原告らの前記主張を採用することはできない。

3  原告らは、本件修正申告は日好及び竹ノ内税理士の強迫によってされたものであるから、民法九六条一項によりこれを取り消す旨、仮に右取消しが認められないとしても、本件修正申告は民法九三条ただし書により無効である旨主張する。

しかし、本件修正申告に至った経過については前記一1で認定したとおりであって、本件修正申告が日好及び竹ノ内税理士の原告らに対する強迫によってされたとの事実や、本件修正申告の際、原告らが原告正次及びその妻子名義の本件株式が相続税の課税対象となる財産に当たるとの認識を有しておらず、被告税務署長においても原告らのそのような意思を知っていたか、又は知り得べき立場にあったとの事実は、本件全証拠によっても認められない。

よって、本件修正申告の取消し又は無効をいう原告らの主張は、その余の点を判断するまでもなく失当というべきである。

三  被告国の損害賠償責任について

原告らは、被告国の機関である東住吉税務署及び大阪国税局の職員らは、原告正次による配当所得の税務申告内容等から、原告正次名義の株式が同原告に帰属することを認識していたか、少なくとも認識することができたはずであり、それにもかかわらず、斉藤及び中西らは、善次郎に対する本件所得税調査を強行した上、本件株式が善次郎に帰属することを前提とする所得税の修正申告を行わせ、善次郎や原告孝子及び同正次らに原告ら名義の有価証券が善次郎の所有である旨内容虚偽の確認書を作成させ、次いで、日好らは、原告正次の株式に関する税務申告内容を十分調査することもなく、原告らを含む善次郎の相続人らに対する本件相続税調査を強行し、虚偽の内容を記載した前記確認書が存在することを奇貨として、原告らが委託した竹ノ内税理士を介して原告らに対し、右確認書や本件相続税調査の際の調査結果を示して、もはや右確認書の内容を正すことはできないかのように原告らに思い込ませ、本件株式が被相続人である善次郎の相続財産に属することを前提とした修正申告をするよう強引に迫った旨主張する。

しかしながら、本件所得税調査及び本件相続税調査の経過は前記一1で認定したとおりであって、本件全証拠によっても、斉藤、中西及び日好ら被告国の税務職員による調査の過程において、判断の誤りや調査義務の懈怠があったこと、また、修正申告を事実上強要するなど違法な慫慂行為があったことを認めるに足りないから、原告らの右主張は採用することができず、右職員らに違法な公権力の行使があったことを前提とする原告らの被告国に対する請求は失当というべきである。

四  結論

以上のとおりであって、原告らの被告らに対する請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとする。

(裁判官 石井寛明 裁判長裁判官水野武、裁判官石丸将利は、いずれも転補のため、署名押印することができない。裁判官 石井寛明)

別表

相続税の課税の経緯及びその内容

〈省略〉

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